2012年5月8日火曜日

至急!!!江戸時代の外交政策について

至急!!!江戸時代の外交政策について

江戸時代の幕府の外交政策はどの様に変化していったのか

教えてください!



できたら最初はこうだったけど最後らへんは

こうなったみたいな書き方でお願いします!!







toeuryantheさん の仰る通り量が膨大なので・・・、



まず戦国時代にまで戻ります。

教科書の通り鉄砲とキリスト教が伝わりますがそれ以

外にも異人(特に宣教師)達がもたらしたものは沢山ありました。

大まかなところで医術、造船術、鉱山技術などといったものです。

そしてこれを餌に有力者(戦国大名)たちの入信を図りました。

当時としては新技術の伝来、寺社仏閣の武力台頭もあって

キリスト教は歓迎されましたが秀吉以降、世の中が安定するに

従って政権への恭順低下の恐れと信者獲得による宣教師たち

の専横によってキリスト教の弾圧が始まったのは教科書で説明

されています。



さて、天下は秀吉から家康に移ります。当時の日本において

戦国大名(と、その身近にいる人)ほど諸外国に精通した人間

はいません。もたらされる新知識はライバルに差をつけたい統治

者にこそ最も有益であるしそれをもたらす宣教師たちも現地の有

力者の庇護を得るからこそ活動できるのですから。ここに目をつ

けたのが家康でした。キリスト教は邪魔だが新しい技術はほしい。

しかも他の人間の手には渡らず、自分のものだけに・・・。

そのために生まれた政策が『鎖国』でした。



いわゆる徳川幕府の鎖国とは外国との関係を一切断つものでは

なく諸外国よりもたらされる新知識を独占するために諸藩に外国

との関係を持つことを禁止するものだったのです。



時が流れて幕末、いかに対外貿易の利益を独占していようと所

詮、狭い玄関で行っている以上世界の時事からは乗り遅れます。

まして当時の世界は新天地を求めて諸外国が進出しそれを裏打

ちするだけの技術も確立されていました。当然、そんなことも知りま

せん。(って、言うか理解できなかったでしょう。)ある日、突然、異

国の船がやってきて『俺たちと手を結べ』と言ってきたからさぁ、大変。

現実と理想のはざまに立たされた幕府と世界のせの字も知らない

朝廷・攘夷志士、現実を理解するわずかな識者たちの動乱の幕末

期にはいります。ここら辺の時期は最早一つの研究テーマ並みの容

量になるので漫画『風雲児たち 幕末編』を読んでもらうのが一番

早いです。正直、ここで説明するには膨大ですから。



かいつまんで言うと鎖国を守りたい幕府だが開きすぎた技術力を目の

当たりにして開国を行いその上で政権維持を図りたいのに対して

『神州日本』という古き体質に固執するが実力面では幕府にかなわ

ないため暗躍する朝廷、そして最早従来の徳川政権下ではうだつの

上がらない所を朝廷にあおられて捲土重来を夢見る侍たちとまったく

新しい日本の形を模索する人間たちのドロドロの暗闘劇になります。








260年ですので・・・・・



最後の20年だけでも大仕事ですよ。

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