日本の16世紀の戦国時代において、
織田信長は、天下を取った のですか?
天下を取れそうだった のですか?
豊臣秀吉は?
★
要するに、何をもって「天下を取った」と言えるのでしょうか?
明智光秀に邪魔されてなければ、取れてました。
つまり、天下を取る一歩手前まで来ていたのです。
厳密に言うと、とれてませんが、取れたということでも良いのではないでしょうか?
全ての大名を従えて天下統一では?
「信長は天下をとることができる状態であったにもかかわらず天下をとることをせず天下統一を目指して道半ばに倒れた」と私は思っています。
「天下をとる」と「天下統一」は違うということに関しては前の回答者さんと一緒です。信長は「天下統一」はできなかったものの世間から「天下人」(天下を取った人)と思われ天下人としての条件も満たしていたと思います。しかし「天下は取らなかった」天下をとるということは将軍になって幕府を作るなり、関白なりなんなりになって天下に号令をかけることを意図することが要件であったと思います。しかしそれを信長は拒否し、あくまで天下統一を目指したように感じました。
・・・日本語ぐちゃぐちゃですね・・・「近畿を抑え、自他共に認める最も力を持った勢力であり、天下に号令をかける体制を作り上げた」ことをもって「天下を取った」と私は考えています。
ずばり、信長は「天下」を取りました。でもかっこ付きの天下です。
当時、畿内を制覇した人物を、庶民(公家や僧侶も含む)は「天下人」と呼んだと、当時の日記にあります。だから、信長は勿論、三好長慶も「天下人」であったわけです。
ただ信長は全国を統一できませんでした。そのあとを受けた秀吉によって、全国統一がなされたわけです。
つまり、「天下を取る」イコール「全国統一」ではなかったわけです。
信長は天下統一はできていません。
秀吉は統一しました。
★印以降は多分、国内に服従していない大名などがいない状態かと。
取れていません。
天下統一の過程で、
夢破れました。
天下を統一したのは、
豊臣秀吉ということでよいでしょう。
全ての勢力が彼に屈し、
彼の政策が全国に実施されたわけですからね。
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