あなたの一番好きな日本の戦国武将と、一番嫌いな武将、出来ればその理由を教えて下さい。
好きな武将
1.徳川家康・・・アンチが多いようなのでひんしゅくを買うとは思いますが、やはり長きにわたる乱世に終止符を打ち徳川260年間による太平の世を築き。一つの時代区分を切り開いたことは世界史上稀な偉業であり戦国武将と言うより歴史上の人物として敬服しています。やはり天下を取るだけの器なら信長や秀吉以外にもたくさんいたと思います。しかし肝心なのはそれをいかに長く繁栄させていくかが天下人たるものの本当の器なのではないのでしょうか。
2.上杉謙信・・・やはり理由は一味違った武将で非常に興味があります。ただ謙信公について書かれている書物って後世のものが多く信ぴょう性に欠けるかもしれませんが、ただ戦国時代に本当にこんなカッコイイ武将がいたのなら物凄く興奮してきます。
3.今川義元・・・桶狭間に散った軟弱な公家風というイメージが強いと思いますが、トンデモナイ!戦国武将としては屈指の名君です。流通と土地改革の把握や商工業による規制緩和など、後に信長や秀吉が行った楽市楽座、検地などはいち早く義元が本格的に施行していたことは驚きです。
他にも法制改革など数々の賢人による統治によって、ただでさえ石高が少ない領地を先進国として栄えさえ、駿河府中は京都、山口に次ぐほど繁栄させました。
信玄や謙信も義元が統治する今川には一切ちょっかいを出していません。ましてや信長も義元を手本としていたことはあまり知られていません。それだけ義元が与えた影響力は大きかったのだとつくづく思います。
嫌い
1.織田信長・・・必ずと言っていいほど皆さんが好きと答える人物ですが、私はあまり好きではありません。結果として天下を取るだけならできたでしょうが、それを家康のように長続きさせることが出来たかと言えば疑問。よく信長が天下を取っていたのならと言われているが、対外政策で国内が疲労してしまっていたことは明白。まさに隋の煬帝のように良い結末には成っていなかったのだと思う。
2.浅井長政・・・朝倉に与したのは、たんに家臣団をまとめ切れる器量が無かったことが大きいと思う。それを仁義のためと言うのは少々いささかな気がする。結局娘たちが権力者に嫁いだ故に美化されているのだと感じる。
3.大友宗麟・・・一時期は九州の覇者として君臨したものの国庫を削ってまでの趣味(キリシタン奉仕)への没頭や家臣団にまかせっきりな領国統治などで最後は島津にあっけなく破れ没落してよそ者の秀吉に頼る始末。まさしく絶対に天下を渡したら一貫の終わりだと思う武将ナンバーワン。
あくまでも私の個人的な意見ですのであしからず。
好き
直江山城守
石田治部少輔
大谷刑部少輔
嫌い
織田右府
太閤
徳川内府
僕のブログに書いてあるので来てみてください。
http://kurikuri.web.wox.cc/
好きな武将は一位は織田信長この人抜きに戦国時代は語れないです、すべてにおいてずば抜けたスケールの持ち主ですねまさに主役です 二位は真田幸村最後の突撃は戦国時代最高の突撃だったと思います 三位は島津義弘関ヶ原の中央突破はさすが薩摩隼人です、嫌いな武将は朝倉義景 言うまでもないですけど器が小さすぎですね まだまだ好きな武将いますけど最初に答えるならこの三人です
好きな戦国武将
第一位・前田利家・・・「利家とまつ」を見て好きになりました。若い頃は「槍の又左」の異名で敵の首を獲り、晩年は豊臣政権
の重鎮として秀吉・秀頼を支えました。もう少し、長くいきていてくれたらなぁ・・・。
第二位・蒲生氏郷・・・この人は利家びいきなので(笑)。また武勇の人でもありますし。兜もカッコイイ。
伊達・家康の牽制役としてこの人ももう少し長く生きていてくれたらなぁ。
第三位・加藤清正・・・築城の名手。秀頼公の為という忠義な士。武士だなぁという感じ。
嫌いな戦国武将。嫌いな人はいないので好きじゃない武将を。
伊達政宗。前田利家に恩があるのに徳川寄りだから(笑)。嫌いじゃないけど好きではない。
好きなのは、伊勢盛時(北条早雲)、斎藤山城守(斎藤道三)。
経歴が、よく分からなくて、想像力を刺激されるところが好きですね。
研究が深まるにつれて、かつての伝説は、続々と否定されてますが、それでも、面白いです。
嫌いなのは、金吾中納言。
奴を、武将と言うことすら、他の武将を考えれば、憚られる。
好きな武将は真田信繁(幸村)です。親子二代(兄信之は除く)で反家康を貫き通した一途と言うか頑固さが好きです。嫌いなのは松永久秀です。理由はいつ裏切られるか分からない腹黒さです。ただ、彼の生涯には関心があります。大河ドラマで取り上げられたら良いのにと思います。
好きなのは立花宗茂です。
豊臣秀吉に「鎮西一」と絶賛され、知勇兼備の小早川景にも「立花の三千は他家の一万にあたる」と言わせた将器であることが一番の理由です。しかも関ヶ原で豊臣側についた律儀さ、大阪城篭城を訴えた戦略観、さらには父親の仇てある島津を助けた情の深さが大好きです。
「爽やかな漢」とはまさに彼のことでしょう。
嫌いなのは吉川広家。理由は関ヶ原の裏切りです。でも子孫の吉川晃司は好きなので許してあげよう。
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