2012年5月4日金曜日

支那と中国という言葉について質問です。支那は世界共通語であり差別用語ではない...

支那と中国という言葉について質問です。支那は世界共通語であり差別用語ではない、使い方によって差別になると聞いたことがあります。では中国という言葉はどうでしょうか。誰のブログか忘れましたが、「中国という

言葉は逆に日本を差別した言葉だ」と書いてありました。そのブログでは理由等は書いてありませんでした。(コメント欄もなかったので質問できず)



以下のものが理由と考えてよいのでしょうか。

『もっとも、現代の日本人は中国を単に「中華人民共和国」の略称としてしか意識していない場合がほとんどであり、尊称であることを知らない人も多い。』



詳しい方、勉強させてください。







【支那】

東アジアなどの漢字圏以外からは、

古くは「秦」に由来すると考えられる

チーナ、シーナという呼称が一般的に用いられ、

古代インドではチーナスタン(中国を意味する梵語)と呼んでいました。

これが仏典において漢訳され、

「支那」「震旦」などの漢字をあてられるようになりました。



日本でも「秦」に由来して、

江戸時代初期より「支那」の呼称も使用されていました。

支那人と呼ぶようになったのは江戸時代中期以降、

それまで「唐人」などと呼んでいた清国人を

「支那人」と呼ぶべきとする主張が起こり、

清国人自身も自らのことを「支那人」と称した事に因みます。



本来、差別用語ではありませんが、

差別語的に使用された時代があったため、

差別語とみなされる場合もあります。



1888年に印刷された日本軍必読の『宇内混同秘策』という本では、

「支那」の呼称で中国を指し、

しかも軽蔑的な態度で中国人のことを取り上げていました。



日清戦争が、日本の勝利に終わったあと(1895年)

「支那」という言葉は日本では戦敗者に対する戦勝者の

軽蔑的感情と心理を帯びたものになり、

中性的な言葉から、さげすむ意味合いの言葉に逐次変わっていきました。



19世紀から第一次世界大戦までのオランダの辞書の中では

「支那」に対する解釈は

「支那すなわち愚かな中国人・精神的におかしい中国人のことである」

とされていたといわれます。

西洋のその他の辞書では「支那」に対する解釈も

大同小異であったといいます。



第二次世界大戦終結後、

「中国」は戦勝国として代表団を東京に派遣し、

1946年6月「命令」の形で日本の外務省に

今後は「支那」という呼称を使ってはならないと通達しました。

そのため、1946年の外務省の次官の通達により、

放送・出版物においては

中国のことを支那とは呼ばないようにされ、現在に至っています。



「支那の呼称を避けることに関する件」1946年6月6日



「中華民国の国名として支那という文字を使うことは

過去に於いては普通行われていた処であるが、

其の後之を改められ中国等の語が使われている処、

支那という文字は中華民国にして極度に嫌うものであり、

現に終戦後同国代表が公式非公式に

此の字の使用をやめて貰いたいとの要求があったので、

今後は理屈は抜きにして、

先方の嫌がる文字は使わぬ様にしていきたいと考へ、

念のため貴意を得る次第です」

(かな遣いは現代風に改めました。)



【中国】

という文字が文献に現れるのは、

『書経』梓材に

「皇天既付中國民越厥疆土于先王」(原文)

(皇天既に中國の民と厥の疆土とを先王に付す)とあり、

ほかにも『詩経』大雅に「惠此中國」(民勞)「女炰烋于中國」(蕩)

とかがあったりします。



『春秋左氏伝』でも、

成公7年(BC600)や荘公31年(BC509)や

僖公25年(BC706)などで確認できます。

「中國」という言葉自体は、遅くとも戦国時代、

早ければ西周以前からあったものと推測できます。



天下の中心部を指す『中国』という語が、

チャイナを指す固有名詞として使われ始めたのは、19世紀半ば以降です。

清末の清朝の外交用語として、自国を『中国』と称したとされます。



1842年阿片戦争の敗北で中国清朝がイギリスと結んだ南京条約で、

漢文の「中国」が使われた事例が最初であると知られています。



1869年に調印されたネルチンスク条約では、

清朝の外交使臣が自らの身分を称する時に、

「中国」という用語を満州語で使ったとされます。



日本で「中国」という用語が

「中国」という主権国家を指す意味で使用され始めたのは、

中華民国政府の要求で

外交文書の中に登場した1930年からといわれます。



中国人(支那人)の言う「中国」は尊称です。

周囲の国々を蔑視する中華意識を意味するのが中国という言葉です。

自分の国を美称して中国と称するのは自由です。

ですが、自国を尊称で呼べと要求するのは非礼であり無礼なことです。



「中国」という語が最初に『書経』『詩経』に出ましたが、

首都、みやこを指すものでした。

その後、漢民族、華夏族の居住地を指し、

当時の中原漢民族以外の地は「四夷」と称され、

「東方の一隅が中国となり、残ったのは皆夷狄」ということだったのです。

漢民族、華夏族の居住地が中央部にあって、

「中国」と称され、すなわち中央の国であり、

それは地理的概念であると、「中国」は主張します。



19世紀中頃になって「中国」という名称はようやく国家という概念として現れ、

辛亥革命によって初めて正式に「中国」が国名として定着したとされます。

1911年10月11日、革命軍は諮議局で十三カ条の重要方針を議定しましたが、

その第二条は「中国を中華民国と称する」こととあります。



1949年、中華人民共和国が成立し、

毛沢東は天安門で「中国人民はこのときから立ち上がったのだ」と宣言しました。

そのときから中華人民共和国が新中国の正式の呼称となりました。








支那は、差別用語適に日本人の一部が使います。

そのため、差別用語とされます。

差別意識がないのであれば、チャイナを使ってください。

これは、日本人を差別して使う事場に「ジャップ」がありますが、これと同じことです。

「ジャパン」といわずに、「ジャップ」と呼ぶ場合、その裏に必ず差別意識が働いています。

シナとチャイナも、これと全く同じ事がいえます。



>現代の日本人は中国を単に「中華人民共和国」の略称としてしか意識していない場合がほとんどであり



中華人民共和国と中華民国の両者を指します。

この場合の中華民国とは、台湾に逃れる前の中華民国です。

中華人民共和国も中華民国も、国名であり、尊称ではありません。







シナは日本人がチャイナを訛って発音しているだけですよ。

中国は世界の中心の国と言う意味です。もっとも尊称とは思えないですけど、それなら中央区も尊称になりますよ。







中華と言う言葉が日本などの周辺諸国を差別する意味になります。

真ん中に華、東に夷だからです。



中国と言う言葉は割りと新しい言葉で中華民国や中華人民共和国の略称から来たものです。

それ以前は清やら明などと、王朝が変わるたびに国号が変わって周辺の国も大変でした。現在の中国と言う言葉も国名ではありますが地名ではありません。

この土地を普遍的に指す言葉が無いのは不便なので西洋人はこの土地をチャイナと呼び、日本人はシナと呼ぶようになりました。

どちらも語源は秦です。

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